碁石の白と黒は、まったく別の場所から来ています。
白石は宮崎県日向市で削られた蛤(はまぐり)の貝殻。黒石は三重県熊野市で採れる那智黒石という石です。ひとつの盤の上で、九州の海と紀伊半島の山が向かい合っていることになります。
値段を分けているのは、厚みだけではありません。貝殻の縞目(しまめ)がどれだけ細かく通っているかで等級が決まり、厚みはそれとは別の軸で動きます。だから「厚い石ほど上等」とは限りません。
もうひとつ、知っておくと選びやすくなることがあります。「日向特製」と「日向特産」は、一文字違いで原料の貝が違います。作り手が自分でそう書き分けています。
この記事では、等級と厚みの見分け方、碁笥(ごけ)の選び方、そして一組361個がたどる工程までを順に書きます。
【早見表】碁石を決める、二つの目盛り
| 見るところ | 段階 | 何が変わるか |
|---|---|---|
| 等級(縞目) ▾ | 実用 → 月印 → 雪印 | 貝殻の縞の細かさ。厚みは変わらない |
| 号(厚み) ▾ | 22号 → 25号 → 28号 | 6.3mm → 7.0mm → 7.5mm |
| 表記 ▾ | 日向特製 / 日向特産 | 原料の貝が違う。作り手が書き分けている |
| 碁笥(ごけ) ▾ | 大 / 特大 / 超特大 | 石の号数で入る大きさが決まる |
| 覚えておくこと | 等級と厚みは、別々に動く目盛りです。同じ厚さで縞目だけ違う三組を並べてみました ▾ | |
項目を押すと、その解説へ飛べます。価格は各専門店の商品ページによります。
1. 白は九州の海から、黒は紀伊半島の山から
黒石の産地は、東西4キロの範囲にあります
黒石に使われているのは那智黒石(なちぐろいし)という石です。三重県総合博物館の解説によれば、熊野市神川町が、日本で唯一の産地とされています。
しかも産地の範囲が狭い。神ノ上(こうのかみ)の集落から大川原の集落まで、東西およそ4キロ。この帯のなかから採れる、きわめて緻密な水成頁岩(すいせいけつがん)です。三重県の指定伝統工芸品になっています。
碁石の黒石の大半が、この石です。硯や文鎮、試金石にも使われてきました。遣唐使が土産に碁石を持っていったという話も伝わっています。
白石は、貝殻を輪切りにして削り出します
白石は蛤(はまぐり)の貝殻です。厚みのある貝を選び、丸く抜いて、削って、磨く。その作業をしているのが宮崎県日向市で、碁石の産地として知られています。
石ではなく貝なので、一粒ずつ模様が違います。貝殻の成長の跡がそのまま縞になって出ます。この縞の出かたが、のちほど出てくる等級を決めることになります。
山から掘り出した石と、海から採れた貝。由来のまったく違うものが、同じ大きさに削られて、同じ盤の上に並びます。
豆知識:白より黒が1個多いのはなぜか
一組は、白石180個・黒石181個です。合わせて361個。19路盤の交点が19×19=361あるので、その数にそろえてあります(日本棋院の解説による)。
黒が1個多いのは、黒から打ち始めるからです。盤を埋めきったときに、ちょうど足りる数になっています。
2. 「日向特製」と「日向特産」は、一文字違います
作り手が、自分から書き分けています
日向で1917年から碁石を作り続けている黒木碁石店は、公式サイトにこう書いています。
「当店で製造販売している蛤碁石で『日向特製』『厳選』と表記されているものは『メキシコ産蛤』を原料としています」。そして「『日向産蛤』を原料として製造された碁石は『日向特産蛤碁石』と表記しています」。
特「製」と特「産」。一文字で、貝の出どころを分けています。売り場では見過ごしやすい違いですが、作り手のほうが先に手をあげて区別している、ということです。
世界じゅうの貝を見たうえで、選ばれた貝です
日向の浜で採れる蛤は、いまはほとんど残っていません。「日向特産」と書かれた碁石が幻の碁石と呼ばれるのは、そのためです。
では、いま売られている碁石はどうやって作られているのか。碁石になる貝の条件は厳しい。厚みがあり、層が素直で、縞が細かく通っていること。その条件を満たす貝を探した先が、メキシコの海でした。
貝は海を渡ってきますが、それを丸く抜き、削り、磨いているのは日向の職人です。碁石の値打ちをつくっているのは、貝を見きわめる目と、そこから先の手間のほうです。
買うときに見るところ
商品名の「特製」「特産」を、そのまま読んでください。どちらも日向の仕事ですが、原料の貝が違い、価格帯も変わります。
どちらが良いという話ではありません。日常的に打つ一組を探しているなら「特製」、産地までそろえた一組を探しているなら「特産」。探しているものが違うだけです。
3. 厚さをそろえて、縞目だけを変えてみます
等級は、貝殻の縞の細かさで決まります
碁石の等級には雪印・月印・実用という呼び名があります。名前からは順番が見えにくいのですが、基準は貝殻の縞目がどれだけ細かく通っているかです。
縞がもっとも細かいものが雪印、縞が少ないものが実用、その中間が月印。選別では「形」「色」「縞目」「キズ」の四つを見ていきます。細かい縞の貝はそれだけ数が少ないので、雪印は希少なものになります。
ここで大事なのは、等級が厚みとは関係ないということです。言葉で書くと分かりにくいので、厚さをそろえて、縞目だけを変えた三組を並べてみます。
日向特製蛤碁石 22号 実用|まず手に取りやすい一組
22号は厚み6.3mm。この三組はすべて同じ厚さで、違うのは縞目だけです。まずは「実用」から。
縞の本数は少なめですが、貝であることに変わりはありません。指でつまんだときのひんやりした感触も、盤に置いたときの音も、プラスチックの石とは別ものです。
これから一組そろえる人が、最初に検討しやすい位置にいます。黒石には那智黒石が組み合わされます。
日向特製蛤碁石 22号 実用(厚み6.3mm)
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日向特製蛤碁石 22号 月印|縞が増えて、表情が出ます
厚みは6.3mmのまま。変わったのは縞目の細かさだけです。実用と月印を並べると、白の中に走る線の密度が違うのが分かります。
石を裏返すと、縞の入り方が一粒ずつ違います。同じ型で抜いているのに、同じ模様はひとつもありません。貝殻がそれぞれ違う速さで育った跡です。
実用から一段だけ上げたい人に向く位置です。価格の上がり幅も、まだ穏やかなところにいます。
日向特製蛤碁石 22号 月印(厚み6.3mm)
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日向特製蛤碁石 22号 雪印|縞がもっとも細かい一組
これも厚みは6.3mm。三組そろって同じ厚さです。それでも価格が違うのは、縞目が理由です。
雪印は、細い縞がびっしりと詰まって見えます。雪という字があてられているのは、その白さと密度からでしょう。条件を満たす貝そのものが少ないので、同じ厚みでも希少になります。
厚みを変えずに、石の表情だけを上げたい人に向きます。盤の上での見え方がいちばん変わるのは、じつはこの軸のほうです。
日向特製蛤碁石 22号 雪印(厚み6.3mm)
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同じ6.3mmで、値段が動きました
三組とも22号、厚みは6.3mmでそろえてあります。それでも価格には差がつきました。動かした条件は縞目だけです。
「厚い石ほど高い」と思って売り場に行くと、この差が説明できません。厚みと等級は、別々に動く目盛りだからです。次は逆に、縞目のほうをそろえてみます。
4. 今度は縞目をそろえて、厚みだけを変えます
号は、そのまま厚みの数字です
碁石の「号」は厚みを表します。22号で6.3mm、25号で7.0mm、28号で7.5mm、30号で8.0mm。数字が上がるほど、石は厚くなります。
厚い石は、指でつまんだときに持ちごたえがあります。盤に置いたときの音も低くなり、指を離したあとに石が残る感じが変わります。
ここからの二組は、等級を月印でそろえてあります。前の章に出た22号 月印を起点にして、厚みだけを上げていきます。
日向特製蛤碁石 25号 月印|0.7mm厚くなります
等級は月印のまま、厚みが6.3mmから7.0mmになりました。数字にすると0.7mmですが、指でつまむと差が分かります。
厚みが増えると、石を盤に置く動作が少し変わります。つまむ位置が浅くなり、指を離す高さが上がる。一局に何百手と打つので、この差は最後まで指に残ります。
実用的な厚みと、持ったときの満足感の折り合いがつくあたりにいる一組です。
日向特製蛤碁石 25号 月印(厚み7.0mm)
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日向特製蛤碁石 28号 月印|7.5mm。持ちごたえが変わります
これも等級は月印。厚みだけが7.5mmになりました。22号から数えると1.2mmの差です。
厚い貝から抜かなければ、厚い石は作れません。そういう貝は数が限られるので、厚みが上がると価格も上がります。縞目のときとは、値段が動く理由が違います。
碁笥も、この号数に合う大きさを選ぶことになります。次の章で、その対応を見ていきます。
日向特製蛤碁石 28号 月印(厚み7.5mm)
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二つの目盛りを、別々に決める
縞目をそろえて厚みを上げた二組と、厚みをそろえて縞目を上げた三組。どちらも価格は上がりましたが、上がった理由は別です。
だから選ぶときも、二つを別々に決められます。厚みは22号のまま縞目を雪印にする、という選び方もできますし、その逆もできます。予算をどちらに置くかは、打つ人の好みです。
5. 碁笥は、石の号数で決まります
先に石を決めて、あとから碁笥を合わせます
碁笥(ごけ)は、碁石を入れておく木の器です。大・特大・超特大といった呼び名が付いていますが、これは石の号数に対応しています。
売り場の商品名にも、たとえば「蛤碁石30号まで収納可能」のように書かれています。先に石の号数を決めてしまえば、碁笥は自動的に絞り込めます。
材には栗や桜がよく使われます。栗は木目がはっきりしていて、手に触れる場所がだんだん色づいていきます。使うほど自分の一組になっていく部分です。
木製碁笥 栗 大|30号まで収まります
栗材の碁笥。「蛤碁石30号まで収納可能」と商品名に書かれています。この記事で紹介した22号・25号・28号は、すべてこの大きさに収まります。
碁笥は、打っているあいだずっと手を入れている道具です。石を取るたびに指が縁をなでるので、そこから艶が出てきます。
蓋は裏返して、取った石を置く皿にします。使い方まで含めて、形が決まっている道具です。
囲碁 木製碁笥 栗 大(蛤碁石30号まで収納)
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手作木製碁笥 栗 大33号|伝統工芸士の手によるもの
同じ栗材でも、伝統工芸士が手で挽いた碁笥があります。ろくろで削り出し、蓋と身がぴたりと合うところまで仕上げてあります。
碁笥にも、作り手の段階があります。石の等級と同じで、見た目の大きな違いではなく、手に取ったときの収まりに出る差です。
石にかけた分だけ、器のほうも合わせたくなるものです。長く使うつもりなら、ここも見ておく価値があります。
囲碁 手作木製碁笥 栗 大33号(伝統工芸士作)
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6. 一組361個が、24段階を通ってきます
全部の石が、職人の手を一度は通ります
黒木碁石店は、碁石ができるまでをこう書いています。「およそ3ヶ月、24段階にも及ぶ工程の中、一粒一粒全ての職人が必ず一度は手に触れ」。
一組は361個です。そのすべてが、3か月かけて24の工程をくぐり、どこかの段階で必ず誰かの手に取られている。盤の上に並んでいるのは、そういう数の積み重ねです。
貝を輪切りにし、丸く抜き、厚みをそろえ、縁を取り、磨く。選別の基準は、形・色・縞目・キズの四つです。どれかひとつでも外れれば、その石は組から外れます。
手入れは、乾いた布だけで足ります
蛤も那智黒石も、水気を嫌います。打ち終わったら乾いた布で拭いて、碁笥に戻す。それだけで十分です。
湿気の多い時期は、しまい込まずに風の通る場所へ。直射日光の当たる窓辺や、暖房の風が直接あたる場所は避けてください。
使い込むほど、白石は手の脂を含んで艶が出てきます。買ったときがいちばんきれい、という道具ではありません。
盤のほうは、前日の記事にまとめました
碁盤に使われる榧(かや)の話は、将棋盤と共通です。日向榧が最高峰とされる理由、柾目と板目の違い、そして「新榧」が榧の木ではないことまで、将棋盤の記事で詳しく書きました。
盤を一緒に探している方は、そちらも読んでみてください。下の関連記事から飛べます。
7. よくある質問(FAQ)
「日向特製」はメキシコ産の貝と書いてありました。日本製ではないのですか?
碁石として作られているのは日向です。原料の貝をメキシコから仕入れ、日向の職人が抜き、削り、磨いています。碁石になる条件を満たす貝を探した結果が、いまはメキシコの海だったということです。日向産の貝を使ったものは「日向特産」と書き分けられています。
最初の一組は、何号を選べばいいですか?
22号(6.3mm)から25号(7.0mm)のあたりが選びやすいとされています。厚い石は持ちごたえが増しますが、そのぶん価格も碁笥の大きさも上がります。まず打ってみて、物足りなければ次の一組で厚みを上げるという順番でも遅くありません。
雪印と実用で、打ちやすさは変わりますか?
厚みが同じなら、持ち方も置き方も変わりません。等級は貝殻の縞目の細かさなので、変わるのは見た目のほうです。打ちやすさを変えたいなら号数、石の表情を変えたいなら等級と考えてください。
碁笥は石と一緒に買わないといけませんか?
別々で大丈夫です。ただし碁笥の大きさは石の号数で決まるので、先に石を決めてから碁笥を選ぶほうが確実です。商品名に「蛤碁石30号まで収納可能」のように書かれているので、そこを見れば合わせられます。
黒石だけ、白石だけを買い足すことはできますか?
専門店では、補充用の石を扱っていることがあります。那智黒石の黒石は一粒単位で売られていることもあります。ただし蛤の白石は一粒ずつ縞目が違うので、あとから足すと並べたときに表情が変わることがあります。
碁石を水で洗ってもいいですか?
乾いた布で拭くだけにしてください。蛤も那智黒石も水気を嫌います。汚れが気になるときも、固く絞った布で拭いてすぐ乾かす程度にとどめるのが安全です。使い込むほど手の脂で艶が出てくるので、磨きすぎないほうがきれいに育ちます。
8. まとめ:二つの目盛りを、別々に決める
碁石の白と黒は、別々の産地から来ています。白石は宮崎県日向市で削られた蛤、黒石は三重県熊野市神川町の那智黒石。三重県の解説では、那智黒石が採れるのは東西およそ4キロの範囲だけとされています。
「日向特製」と「日向特産」は、一文字違いで原料の貝が違います。日向産の蛤はいまほとんど採れないため、多くは世界じゅうから選ばれた貝が日向に届きます。作り手が自分から書き分けているので、商品名をそのまま読めば分かります。
値段を決める目盛りは二つあります。ひとつは等級。貝殻の縞目がどれだけ細かいかで、雪印・月印・実用と分かれます。もうひとつは号。そのまま厚みの数字で、22号なら6.3mmです。厚さをそろえて縞目だけ変えても、縞目をそろえて厚みだけ変えても、価格は動きました。別々の目盛りだからです。
碁笥は、石の号数が決まれば自動的に絞り込めます。そして一組361個は、およそ3か月・24段階の工程を通り、そのすべてが職人の手に一度は触れています。盤の前に座ったら、まず一粒を指でつまんでみてください。縞の入り方が、一粒ずつ違うはずです。