レコード針の先端は、0.4×0.7mil まで研磨されています。
1mil は1000分の1インチなので、0.7mil は約18マイクロメートル。0.018ミリです。その一点で、レコードの溝の壁に刻まれた凹凸を読み取っています。
しかも、ただ細ければいいわけではありません。針先をどんな形に研磨するかで、溝への当たり方が変わります。点で当たるか、面で当たるか、線で当たるか。線で当たる針は、忠実に読めるうえに減りにくいという性質を持っています。
その線接触の針のひとつは、日本人のエンジニアが発明しました。1970年代、人の耳では聴き取れない40kHzまで再現するために、針先の研磨形状から作られたものです。
この記事では、針先形状の違い、カンチレバーの素材、そして1段ずつ何が変わるのかを、公式の仕様表と突き合わせながら順に見ていきます。
【早見表】1段ずつ、変わっているのは一つだけ
| 機種 | 針先 | カンチレバー | 適正針圧 | 周波数特性 |
|---|---|---|---|---|
| MP-110 ▾ | 0.4×0.7mil 楕円・接合ダイヤ | アルミ合金 | 1.5〜2.0g | 20Hz〜20,000Hz |
| MP-200 ▾ | 0.4×0.7mil 楕円・ダイヤ | ボロン | 1.5〜2.0g | 20Hz〜23,000Hz |
| MP-500 ▾ | ラインコンタクト・ダイヤ | ボロン | 1.3〜1.8g | 20Hz〜25,000Hz |
| 読み方 | 110→200 は針先が同じでカンチレバーだけ、200→500 はカンチレバーが同じで針先だけ変わります。まず、その針先の形から ▾ | |||
数値はナガオカ公式サイトの仕様表によります。機種名を押すと、その解説へ飛べます。
1. 点で当たるか、面で当たるか、線で当たるか
丸針の先端は、球形に磨かれています
いちばん基本的な針先は丸針です。オーディオテクニカの解説によれば、「先端が円錐形となっている『丸針』で、円錐の先端は球形に研磨されており、球の半径は0.7milが主流です」。
球なので、溝の壁には点で触れます。接する面積が小さいぶん、その一点にかかる力は大きくなります。
0.7mil は約18マイクロメートル。この球を、狂いなく磨き出すところから針作りは始まります。
楕円に磨くと、当たり方が面になります
次の段が楕円針です。同じ解説にはこうあります。「針先の先端を前から見た方が平たい形の楕円に研磨することで、音溝と針先が接触する面積を大きくし、より安定した音楽再生を目指したものです」。
0.4×0.7mil という表記は、この楕円の寸法です。前から見ると細く、横から見ると太い。溝の壁に沿う向きだけを薄くしてあります。
接する面積が広がると、細かい凹凸を拾いこぼしにくくなります。丸針より高い音まで伸びる、という評価がされるのはそのためです。
線で当たる針は、忠実で、しかも減りにくい
その先にあるのがラインコンタクト針です。「非常に複雑な形状に針先を研磨することで、音溝へ大きな筋状に接することを可能としています」。
点でも面でもなく、溝の壁に沿って縦長の線で触れます。だから「音溝からさらに忠実な音楽信号を読み取ることができる」。
そしてもうひとつ。「接触面積が増えることで単位面積当たりの針先への負担が軽くなり、寿命を大幅に伸ばすことも可能になっています」。よく読める針が、同時に長持ちする針でもあるということです。
豆知識:間に「超楕円針」という段がありました
楕円をさらに突き詰めた「超楕円針」も、かつて作られていました。より平たい楕円断面に研磨したもので、伸びやかで解像度の高い音が出た一方、寿命が短くなる傾向もありました。
大きく普及する前に、次のラインコンタクト針が現れます。読み取りの精度と、針の寿命。その二つを同時に満たす形を探した結果が、線接触という答えでした。
聴こえない高さを、再現するためでした
ラインコンタクト針のひとつにシバタ針があります。この名前は、人の名字です。
オーディオテクニカの解説にはこうあります。「日本の柴田憲男さんというエンジニアが開発した針先形状です」。
作られた事情も書かれています。「1970年代に日本オーディオ各社から4チャンネル・ステレオが発表された頃、方式によっては40kHzまで再現できないと正しい4ch再生ができなかったことから、高域を伸ばすことを狙って開発された針先です」。
人の耳には、届かない高さです
40kHzは、人が音として聴き取れる範囲の外にあります。それでも、その帯域を溝から取り出せないと4チャンネル再生が成立しない。だから針先の形を作り直した、という順序です。
直接は聴こえない領域のために、ダイヤモンドの研磨形状から発明する。ここに、当時のオーディオ各社が何を競っていたかが出ています。
4チャンネル・ステレオそのものは、いま残っていません。けれど、そのために生まれた針先の形は、いまのカートリッジに受け継がれています。
2. 振動を伝える棒にも、素材の段があります
針先の動きを、そのまま奥へ運びます
針先は、カンチレバーという細い棒の先に付いています。溝から拾った振動を、奥の発電部分まで運ぶのがこの棒の役目です。
棒が重いと、細かい動きについていけません。棒が柔らかいと、途中で振動がなまります。軽くて、硬い。その両方が要る場所です。
ナガオカのMPシリーズでは、アルミ合金とボロンが使い分けられています。MP-200の製品説明には、「カンチレバーにはボロンを使用しており、正確に音溝をトレースします」と書かれています。
先端に付ける鉄片も、軽くしてあります
ナガオカの「MP型」はMoving Permalloyの略です。同社の解説には、こう書かれています。
「MM式ではカンチレバーに重いマグネットが取り付けられておりますが、MP式はパーマロイと呼ばれる磁石よりも軽い鉄片を取り付けているため、カンチレバーの動きの自由度が高く、繊細かつ高い出力を得ることができ」。
棒の素材も、棒に付ける部品も、とにかく軽くする。針先が拾った0.018ミリの動きを鈍らせないために、上流から下流まで同じ方針で作られています。
3. 1段ずつ、変えているのは一つだけです
仕様表を三つ並べると、それが見えます
ナガオカの公式サイトには、機種ごとの仕様表が載っています。三つを並べると、上がるたびに変わっている項目が一つずつだと分かります。
MP-110からMP-200は、針先が同じで、カンチレバーだけがアルミ合金からボロンへ。MP-200からMP-500は、カンチレバーが同じで、針先だけが楕円からラインコンタクトへ。
そして周波数特性の上限が、20,000Hz、23,000Hz、25,000Hzと伸びていきます。変えた一つが、そのまま数字に出ています。
NAGAOKA MP-110|0.4×0.7mil の楕円から始まります
針先は0.4×0.7milの楕円で、接合ダイヤ。カンチレバーはアルミ合金。適正針圧1.5〜2.0g、周波数特性は20Hz〜20,000Hzです。
楕円針なので、丸針より広い面で溝に触れます。この三つの中では入口にあたりますが、点接触ではなく面接触の側に、すでに立っています。
欧州でグランプリを獲得したMP-11の後継と紹介されている機種です。メーカー直販店から買えます。
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NAGAOKA MP-200|針先は同じで、棒がボロンに変わります
針先は MP-110 と同じ 0.4×0.7mil の楕円。変わるのはカンチレバーで、アルミ合金からボロンへ。針圧も1.5〜2.0gのままです。
製品説明には「カンチレバーにはボロンを使用しており、正確に音溝をトレースします」とあります。棒を持ち替えただけで、周波数特性の上限は20,000Hzから23,000Hzへ。
針先を変えずに、伝わり方だけを変えるとどうなるか。それが一段で確かめられる並びになっています。
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NAGAOKA MP-500|今度は棒が同じで、針先が線接触に
カンチレバーはボロンのまま。針先がラインコンタクト・ダイヤに変わります。周波数特性の上限は25,000Hzへ。
そして適正針圧が1.3〜1.8gと、一段軽くなります。線で接するぶん、押しつける力が少なくて済むからです。数字が軽くなるほうへ動くのは、この三つの中でここだけです。
製品説明には「圧倒的な解像感が特徴」「歪感がほとんどなく、オーケストラの指揮台の上にいるような音質」とあります。
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仕様表を読むときの二つ
ひとつは、針先の表記をそのまま読むこと。MP-110は「接合ダイヤ」と書かれ、MP-200は「ダイヤ」と書かれています。書き分けてあるということは、そこに違いがあるということです。
もうひとつは、適正針圧。指定された範囲に合わせないと、針先が溝を正しくなぞれません。機種ごとに違う数字なので、買ったら控えておいてください。
4. ダイヤを削っていた会社が、針を作りました
順序が、逆でした
株式会社ナガオカは山形県東根市にあります。1969年の設立。会社案内には「当社は創業以来30年、宝石の精密加工を中心に実績を重ねてまいりました」と書かれています。
針を作るためにダイヤモンドを扱い始めたのではありません。ダイヤモンドを扱っていた会社が、針を作りました。
いまの事業内容にも、レコード針と並んで超硬合金刃物、ダイヤモンド工具、測定プローブ、微細精密部品加工が載っています。硬いものをミクロン単位で削る仕事の、ひとつがレコード針という位置づけです。
全部の工程を、全数検査しています
同社の製品ページには、工程がこう書かれています。「板材からの絞り加工、アルミパイプの成型、ダイヤモンド針の溶着、研磨加工の作業全てにおいて全数検査を行い一つ一つ手作りで製作しています」。
抜き取りではなく、全数。0.018ミリの球を磨く仕事で、どれか一つが範囲を外れれば、その針は溝を正しく読めません。検査を全部に掛けるというのは、そういう寸法の話です。
同じページには、「レコードの音溝からアンプに繋ぐまでの製品を一貫して製造できる唯一のメーカーになります」とも書かれています。針から先までを、自分たちで作っているという自己紹介です。
NAGAOKA 交換針 JN-P110|針先だけを、新しくします
MP-110に差し替える交換針です。カンチレバーと針先が一体になった部品で、本体から引き抜いて差し替えられます。
減るのは、溝に触れている針先だけ。発電の仕組みが入っている本体は、そのまま使い続けられます。精度が落ちた部分だけを新しくするという構造です。
本体を買うときに、この型番も控えておいてください。本体とは番号の付け方が違うので、あとから探すと手間がかかります。
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NAGAOKA 交換針 JN-P200|ボロンの棒ごと、新しくなります
MP-200用の交換針です。差し替えると、ボロンのカンチレバーごと新品に戻ります。
減るのは針先ですが、カンチレバーも長く使えば疲れます。交換針が棒ごと一体になっているのは、そのぶんまとめて新しくできるという意味でもあります。
上のクラスでも、直せる部分と残る部分の分け方は同じです。
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5. 放送局が求めたのは、毎日同じに動くことでした
1964年の仕様が、そのまま残っています
デノンのDL-103は1964年に開発されました。NHKの協力を得て、放送機器に求められる仕様に対応するためのものです。同じ年に、業務用としてNHKへ納入されています。
放送局が求めたのは、良い音であることと、毎日同じように動き続けることでした。何万回鳴らしても、昨日と同じに読み取れること。安定と信頼が、音質と同じ重さで並んでいます。
1964年から2014年までの50年間、性能も仕様も変えずに、同じ型番で作られ続けました。そのあいだに、国内の放送局で標準的に使われるカートリッジになっています。
いまは福島県で、一つずつ組まれています
現在このカートリッジが作られているのは、福島県にあるデノンの自社工場「白河オーディオワークス」です。一つひとつ手作業で組み立てられていると公式に書かれています。
60年以上前に決められた仕様が、いまも通用している。言い換えれば、変えなくてよいところまで詰めてから世に出したということでもあります。
MC型なので、針だけを差し替えることは基本的にできません。針が減ったらメーカーに交換を頼みます。一本を決めて長く付き合う道具です。
DENON DL-103|放送局のために決められた仕様
1964年に作られ、いまも同じ型番で売られているMC型カートリッジです。福島県の白河オーディオワークスで組まれています。
MC型は出力が小さいので、昇圧トランスやヘッドアンプが必要になることがあります。使っているアンプにMC入力があるかどうかを、買う前に確かめてください。
50年間、仕様が変わっていません。こちらの使い方も、変えずに済むということでもあります。
DENON DL-103 MC型カートリッジ
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DENON DL-103R|コイルの銅を変えた仕様
DL-103から派生した仕様で、コイルに高純度の銅を使っています。形はほとんど同じです。
同じ販売店で並べたので、価格の差がそのまま仕様の差として読めます。店が違うと送料や在庫で値段が動くため、比べるときは出どころをそろえたほうが確かです。
作っている工場は同じです。標準のほうから始めて、あとで比べてみるという順番もできます。
DENON DL-103R MC型カートリッジ
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6. 減った針は、溝を正しく読めません
形が崩れると、当たり方が変わります
針先は、決められた形に磨いてあるからその性能が出ます。使ううちに先端がすり減ると、設計された当たり方ができなくなります。
減るのは、溝の上を走っているあいだだけです。買ってから何年たったかではなく、何時間鳴らしたかで決まります。たまに聴く人の針は何年も持ち、毎日回す人の針は早く替えどきになります。
だから針を替えるのは、節約のためではありません。買ったときの精度に戻すためです。ラインコンタクト針の寿命が長いのも、線で接して負担が分散されるからでした。
埃を挟んだまま走らせない
針先には、溝から拾った埃がたまります。その埃を挟んだまま走らせると、針にも盤にも負担がかかります。
専用のクリーナーで、後ろから前へ、一方向に払います。横や前後に往復させると、細いカンチレバーを曲げることがあります。0.018ミリの精度を支えている棒なので、力を入れる場所ではありません。
盤のほうも、かける前に一度払っておく。これだけで、針が拾う埃はかなり減ります。針を長持ちさせる手入れは、針そのものより盤に対して行うものだと考えておくといいかもしれません。
買ったときに控えておく二つ
ひとつは、対応する交換針の型番。本体とは番号の付け方が違うので、あとから調べると手間がかかります。
もうひとつは、適正針圧の数字。MP-110とMP-200は1.5〜2.0g、MP-500は1.3〜1.8g。機種ごとに違います。ここが合っていないと、せっかくの針先形状が働きません。
7. よくある質問(FAQ)
丸針と楕円針、どちらを選べばいいですか?
楕円針のほうが、溝に触れる面積が広くなります。そのぶん細かい凹凸を拾いこぼしにくく、丸針より高い音まで伸びるとされています。いま売られている入門クラスの多くは、すでに楕円針です。針先の表記を見て確かめてください。
ラインコンタクト針は、寿命が長いのですか?
接触面積が増えるぶん、単位面積あたりの負担が軽くなるため、寿命を大幅に伸ばせるとされています。読み取りの忠実さと寿命が同時に上がる、という珍しい形です。かつての超楕円針は、解像度と引き換えに寿命が短くなる傾向がありました。
カンチレバーの素材で、そんなに違うものですか?
ナガオカのMP-110とMP-200は、針先が同じで、カンチレバーだけが違います。アルミ合金とボロン。それだけで周波数特性の上限が20,000Hzから23,000Hzに変わります。棒が軽くて硬いほど、針先の動きが素直に伝わるためです。
針圧は、書いてあるとおりに合わせないといけませんか?
指定された範囲に入れてください。軽すぎると針先が溝を正しくなぞれず、重すぎると針も盤も余計に減ります。MP-500の1.3〜1.8gのように、機種ごとに違う数字です。説明書の値を確認してからトーンアームで調整します。
交換針は、自分で差し替えられますか?
MP型・MM型なら、自分で差し替えられます。本体から古い針を引き抜いて、新しい針を差し込む形です。特別な工具は要りません。MC型は基本的に差し替えができないので、メーカーへの依頼になります。DL-103はこちらです。
針が減ったかどうかは、どうやって分かりますか?
音の曇りや、高い音の伸びの変化として現れるとされています。ただし少しずつ変わるので、聴いているうちは気づきにくい部分です。鳴らした時間の見当をつけておくほうが確実です。心配なときは販売店で針先を見てもらう方法もあります。
8. まとめ:溝への当たり方で選ぶ
レコード針の先端は、0.4×0.7mil まで研磨されています。0.7milは約18マイクロメートル。その一点で、溝の壁の凹凸を読み取っています。
針先の形が、溝への当たり方を決めます。丸針は点、楕円針は面、ラインコンタクト針は線。線で接する針は「音溝からさらに忠実な音楽信号を読み取ることができる」うえに、負担が分散されて寿命も伸びます。そのラインコンタクト針のひとつ、シバタ針は日本人のエンジニアが1970年代に発明したものでした。人の耳には届かない40kHzを再現するためです。
ナガオカのMPシリーズは、1段ずつ一つだけを変えています。MP-110からMP-200はカンチレバーがアルミ合金からボロンへ、MP-200からMP-500は針先が楕円からラインコンタクトへ。周波数特性の上限は、20,000Hz、23,000Hz、25,000Hzと伸びていきます。作っているのは山形県東根市の会社で、もともとは宝石の精密加工をしていました。いまも全数検査を掛けて、一つずつ手で作られています。
もう一方に、1964年の仕様のまま作られ続けているカートリッジがあります。放送局が求めたのは、良い音と、毎日同じように動き続けること。変えなくてよいところまで詰めてから世に出したということでもあります。
選ぶときに見るのは、針先の形とカンチレバーの素材、そして適正針圧の三つです。針が減ったら替えるのは、買ったときの精度に戻すため。0.018ミリの一点が、どう溝に触れているか。そこを知ってから選ぶと、仕様表がぐっと読めるようになります。