将棋の駒は、いまも人の手で彫られています。
そしてその9割以上が、山形県天童市というひとつの町で作られています。全国で唯一、国が将棋駒を伝統的工芸品に指定しているのも、この町だけです。
駒の値段は「彫り駒だから高い」わけではありません。字の書き方と、使われている木。この2つが別々の軸として動いているので、そこを知らずに選ぶと、思っていたものと違うものを買うことになります。
盤のほうにも、似た罠があります。「新榧(しんかや)」は、榧の木ではありません。名前に榧の字が入っているだけの、別の木材です。
この記事では、駒の等級の見分け方と、盤の厚みの選び方、そして買ったあとの手入れまでを順に書きます。
【早見表】駒の木地と、おおよその価格帯
| 木地 | 彫り駒の価格帯 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 楓(イタヤ楓) ▾ | 2,500〜10,000円 | これから始める人 |
| 黄楊(産地限定なし) ▾ | 20,000円台〜 | 長く使いたい人 |
| 薩摩産本黄楊 ▾ | 30,000円台〜 | 産地にこだわりたい人 |
| 御蔵島産本黄楊 ▾ | 40,000円台〜 | 一生ものを探している人 |
| 覚えておくこと | 価格を分けているのは、彫りの手間より木地です。盤のほうにも似た話があります ▾ | |
品種名を押すと、その解説へ飛べます。価格は各専門店の商品ページによります。
1. 駒の9割以上は、山形県天童市でつくられています
全国唯一、国が指定した産地です
天童市の公式サイトには、こう書かれています。「全国の約9割以上を占める」。
そして将棋駒が国の伝統的工芸品に指定されているのは、全国でこの天童だけです。1996年(平成8年)の指定。同じ将棋盤・駒でも、盤のほうにはこの指定がありません。駒だけが、産地として国に認められています。
いま将棋盤の前に座っているなら、その駒はかなりの確率で天童製ということになります。
始まりは、藩士の内職でした
江戸時代の末、天童を治めていた織田藩は財政難に苦しんでいました。そこで藩士に奨励したのが、将棋駒づくりという内職です。
刀を置いて彫刻刀を持った武士たちの技術が、そのまま産地の技術になりました。財政難という事情から始まった副業が、150年以上たったいまも国の指定産地として残っている。
だから天童の駒には、いまも手彫りが多く残っています。次の章で、その彫り方の違いを見ていきます。
豆知識:天童は「駒」だけの産地です
天童が9割以上を占めるのは、駒であって盤ではありません。盤のほうは榧(かや)の産地である九州・宮崎県などが中心で、天童とは別の地図になります。
駒と盤は、別々の産地・別々の職人が作っているということです。だから買うときも、駒と盤を別々に選んでかまいません。
天童将棋駒 楓上彫 彫駒|天童の職人による手彫り
天童の職人が手で彫った彫り駒です。木地は楓(イタヤ楓)。これから将棋盤を持つ人にとって、いちばん最初に検討しやすい価格帯にいます。
「上彫」は彫り駒の中でも仕上げの丁寧さを示す表記です。押し駒や書き駒より線が長持ちし、指先で文字の位置が分かります。
木地が楓なので、次の章で出てくる黄楊の駒より手に取りやすい価格です。まずここから始めて、木地の違いを知ってから黄楊に進む、という順番もできます。
天童将棋駒 楓上彫 彫駒
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2. 駒の等級は、二つの軸で決まります
字の書き方に、五つの段階があります
安いほうから、押し駒・書き駒・彫り駒・彫埋め駒・盛り上げ駒という順に並びます。押し駒は文字をスタンプで転写したもので、量産に向きます。書き駒は筆で書いたもので、一枚ずつ筆致が違う。
彫り駒は、文字を彫刻刀で彫り込みます。この凹みが指先に触れることで、早指しでも駒を取り違えにくくなる。見た目だけでなく、指の感触という実用的な理由がある段階です。
彫埋め駒は彫った溝に漆を埋めて平らにし、盛り上げ駒はさらに漆を盛り上げて文字を立体にします。盛り上げ駒は、プロ棋士の対局でも使われる最高級の仕上げです。
木地は、楓から黄楊へ
ここまでは「彫り方」の話でした。もう一つ、まったく別の軸として「木地」があります。
楓(イタヤ楓)は、すっきりした木目で、本黄楊よりは安価です。彫り駒で2,500円から10,000円ほど。これから始める人に向いています。
黄楊(つげ)は成長が遅く、木目が緻密で割れにくい。彫り駒で20,000円から40,000円ほどになります。同じ「彫り駒」という等級でも、木地が違うだけでこの差が出ます。
豆知識:黄楊にも産地があります
国産の本黄楊には、大きく二つの産地があります。伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)で採れる島黄楊と、鹿児島県の薩摩黄楊です。
どちらも成長の遅い木で、希少性が価格に出ます。下の3枠は、同じ職人・同じ書体・同じ等級で、木地の産地だけを変えたものです。価格の違いが、そのまま産地の違いだと分かります。
将棋駒 黄楊特上彫駒 錦旗書|黄楊の入り口
産地を限定しない黄楊材の彫り駒です。書体は錦旗書、等級は特上彫。楓の駒より一段階、木地のグレードが上がります。
このあとに続く2枠と、書体・等級をそろえてあります。違うのは木地の産地だけ。まずここを基準にして、産地違いの差を見てください。
将棋駒 黄楊特上彫駒 錦旗書
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将棋駒 薩摩産本黄楊特上彫駒 錦旗書|産地表記のある本黄楊
鹿児島県・薩摩産の本黄楊。同じ錦旗書・特上彫で、産地限定なしの1枠目より価格が上がります。産地が分かっているぶん、木地としての裏づけが強いという違いです。
国産本黄楊のもう一方の代表産地が薩摩です。次の御蔵島産と比べると、価格はこちらのほうが手が届きやすい位置にいます。
将棋駒 薩摩産本黄楊特上彫駒 錦旗書
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将棋駒 晴月作 御蔵島産本黄楊特上彫駒 錦旗書|同じ職人が彫った、いちばん希少な木地
伊豆諸島・御蔵島産の本黄楊。晴月という同じ職人が、薩摩産と同じ錦旗書・特上彫で仕上げています。彫りの手間は変わらず、木地の希少性だけで価格が上がっていることが分かります。
御蔵島は本場と呼ばれる産地です。3枠並べたときに、いちばん高いのがここになります。
将棋駒 晴月作 御蔵島産本黄楊特上彫駒 錦旗書
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3. 盤は榧(かや)。日向榧が最高峰とされています
榧という木の良さ
将棋盤に使われる木材で、いちばん格が高いとされているのが榧です。油分が豊富でやや重厚、適度な堅さと弾力性があり、特有の芳香がある。
光沢のある淡黄色で、木肌はきめが細かく、緻密で美しい木目が出ます。駒を打ったときの音や跳ね返りにも、この弾力性が関わっています。
そして榧の中でも、九州・宮崎県の日向榧が最高峰とされています。寒暖差が大きく、雨が多く、日ざしが強い気候。しかも岩がちな土地で成長が遅いため、年輪が詰まります。良い木目の材には、樹齢300年以上が必要ともいわれます。
「新榧」は、榧の木ではありません
将棋盤には「新榧(しんかや)」という名前の商品があります。ここに、知っておいたほうがいい話があります。新榧は、本榧とは別物の、北米から輸入されるスプルース材です。
木目が均等にそろっているのが新榧の特徴とされ、色あいは白っぽく、本榧より使用寿命は短いといわれます。名前に「榧」の字が入っているだけで、木そのものは違います。
これは、悪い商品という意味ではありません。本榧より価格を抑えられる、正直な選択肢です。ただ、名前だけを見て「榧の盤を買った」と思い込むと、あとで違いに気づくことになります。買うときに、盤の素材欄を見る癖をつけておくと安心です。
豆知識:柾目は、板目より希少です
木目には柾目(まっすぐ)と板目(山なり)があります。柾目は木材の中心(半径)から取るため、よほどの大木でないと作れません。価格は板目の1.5倍から2倍以上になることがあります。
柾目は反りや割れも少ないとされています。板目は木の皮側に収縮しやすく、反りが出やすい。木目の名前は、見た目だけでなく丈夫さの目安にもなっています。
もう一つ、木裏(きうら)と木表(きおもて)という区別もあります。木の皮に近いほうが木表、中心に近いほうが木裏。木表のほうが艶が出るため、盤の表面にはたいてい木表が使われます。木裏は年輪が剥離しやすいという弱点があるためです。
4. 厚みが、打ち味と置き場所を決めます
盤には、三つの形があります
脚付き盤は、和室の床に置いて使う伝統的な形です。厚みは4寸から7寸(約12〜21cm)ほど。卓上盤は、テーブルで椅子に座って使う形で、厚みは1寸から3寸(1寸は約3cm)ほど。折りたたみ盤は、収納を重視した形です。
1寸前後は軽さを重視する人向け。打ち味はやや軽くなりますが、価格も手頃で、持ち運びやすくなります。2寸以上は、本格的な打ち味や対局を楽しみたい人向けです。
初めて盤を持つなら、1寸の卓上盤が選びやすいとされています。材料にこだわらなければ、価格も抑えられます。
厚みは、駒を置いたときの音にも関わるとされています。実際に厚い盤で指した人の記録には「ピシッと良い音が鳴った」「まるで石に打ち付けているような不動感」といった感想があり、厚みのある盤ほど安定した響きが出やすいようです。対局を長く楽しみたいなら厚みのある盤、気軽に置いて出し入れしたいなら薄い盤という選び方もできます。
脚付き盤は重量も相応にあります。厚みが増すほど重くなり、7寸クラスになると15kgほどになる盤もあります。一度置いたら動かさない前提の家具に近い存在です。持ち運びを考えるなら、脚付きではなく卓上か折りたたみを選ぶことになります。
やま屋 新かや1寸卓上将棋盤セット|盤・駒台・駒がそろう入門セット
厚み27mm、約0.9寸の卓上盤。盤・駒台・駒がそろったセットで、これから始める人がまず一つ持つのに向いています。日本製。
盤の素材は新かや材です。3章で書いたとおり、榧そのものではありません。この商品ページも「新かや材」と正直に明記しています。1寸・卓上という条件を満たしつつ、価格を抑えたい人に向いた選び方です。
駒台と駒はどちらも黒槙(くろまき)製。木地にこだわるなら、2章の黄楊の駒に差し替える、という使い方もできます。
やま屋 新かや1寸卓上将棋盤セット
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5. 日焼けと湿気が、いちばんの敵です
日常の手入れは、乾拭きだけで十分です
本榧の盤は蝋で仕上げてあるので、柔らかい布で軽く乾拭きするだけで十分です。使ったあとにほこりや汚れを残さないようにする、それだけで長持ちします。
水で濡らした布で拭くのは厳禁です。天然木の棋具は水気に弱く、拭くとしても乾いた布に限られます。
梅雨時は、表面が汗ばみます
湿度の高い時期は、盤の表面が汗ばんだようになります。そのままにしておくと、青カビが出ることがある。時々乾拭きして、表面の湿気を拭き取ってください。
置き場所にも注意が要ります。直射日光の当たる場所、ストーブや冷暖房器具の近く、風の吹き抜ける場所。温度や湿度の変化が激しい環境では、割れや反り、日焼けが起こりやすくなります。
これは本榧でも新榧でも変わりません。天然木である以上、置き場所への配慮は共通しています。使わないときは桐ブタをかけておくと安心です。
6. よくある質問(FAQ)
初めての一面は、盤と駒を別々に選んでいいですか?
かまいません。1章の豆知識のとおり、駒の産地(天童)と盤の産地(榧の産地)はもともと別です。盤は入門用の新かやセットにして、駒だけ黄楊に差し替える、という選び方もできます。
彫り駒と盛り上げ駒、初心者はどちらを選べばいいですか?
まずは彫り駒で十分です。指先で文字の位置が分かり、価格も手頃な範囲に収まります。盛り上げ駒は漆を盛り上げた最高級の仕上げで、価格も一段上がります。将棋を続けると分かってから検討しても遅くありません。
「新榧」と書かれた将棋盤は、避けたほうがいいですか?
避ける必要はありません。新榧は北米産のスプルース材で、本榧とは別の木ですが、価格を抑えるための正直な選択肢です。ただし「榧の盤」だと思い込んで買うと、あとで違いに気づくことになります。素材欄を見て、新榧か本榧かを確認してから選んでください。
将棋盤の厚みは、何寸を選べばいいですか?
初めてなら1寸の卓上盤が選びやすいとされています。軽く、価格も手頃です。本格的な打ち味を求めるなら2寸以上。床に置いて使うなら、4寸以上の脚付き盤になります。
駒のお手入れに、盤と同じ蝋を使ってもいいですか?
駒は盤と違い、基本的に乾拭きだけで十分とされています。蝋や油を塗ると、かえって手あかや汚れを呼び込むことがあります。盤と駒は、同じ「木の道具」でも手入れの仕方が少し違うと覚えておいてください。
天童以外の産地の駒は、品質が劣りますか?
そういうことではありません。天童が全国の9割以上を占めているのは事実ですが、それ以外の産地や個人の職人による駒も存在します。産地の集中と、品質の優劣は別の話です。天童という産地表記は、選ぶときの目安のひとつとして考えてください。
7. まとめ:駒は木地で、盤は素材表記で見る
将棋の駒は、9割以上が山形県天童市で作られています。全国で唯一、国が伝統的工芸品に指定した産地です。始まりは、財政難に苦しんだ藩が藩士に奨励した内職でした。
駒の等級は、字の書き方(押し・書き・彫り・彫埋め・盛り上げ)と、木地(楓・黄楊)という、別々の2つの軸で決まります。「彫り駒だから高い」のではなく、どの木地かで価格が動きます。実際に同じ書体・同じ等級で産地だけ違う3点を比べると、黄楊(産地限定なし)から薩摩産、御蔵島産へと、木地の希少性がそのまま価格差になっていました。
盤には榧(かや)という木があり、九州・宮崎県の日向榧が最高峰とされています。けれど「新榧」という名前の商品は、榧の木ではありません。北米産のスプルース材です。悪い選択肢ではありませんが、名前だけで判断せず、素材欄を確認することが大事です。
厚みは、1寸なら軽くて入門向け、2寸以上なら本格的な打ち味。脚付き盤・卓上盤・折りたたみ盤という形の違いも、置き場所によって選び分けてください。
買ったあとは、乾拭きと置き場所が大事です。水拭きは厳禁、直射日光と湿気は割れ・反り・カビの原因になります。駒と盤は別々の産地・別々の職人の仕事です。それぞれの見方を知っていれば、自分に合った一面を選べます。