天然の塩が欲しくて売り場に立っても、そう書かれた商品は見つかりません。けれど天然の塩が無くなったわけではありません。日本の海で、海水と太陽と火だけで作られている塩は、いまも各地にあります。
ではどこを見ればいいのか。答えは製法です。天日か、平釜か、立釜か、イオン交換膜か。塩の味と粒の形を決めているのは産地ではなく、この工程です。この記事では、パッケージの裏で製法を読む方法、にがりが苦味とコクを生む仕組み、そして下ごしらえと仕上げで塩を使い分ける考え方をまとめます。
【早見表】製法で変わるもの
| 製法 | 粒とかたち | 味の傾向 | 向く使い方 |
|---|---|---|---|
| イオン交換膜 | 均一な細粒 | まっすぐな塩味。雑味がない | 下ごしらえ・茹で塩・漬物 |
| 立釜(真空式) | 整った粒 | くせが少なく安定 | 日常使い全般 |
| 平釜 | やわらかく不揃い | 甘みと苦味が出る | 仕上げ・おにぎり・天ぷら |
| 天日 | 大粒・結晶が立つ | 後から効いてくる塩味 | 肉・野菜にそのまま |
| 表示について | — | — | 工程欄に「天日」「平釜」とあれば天然の塩 |
1. 天然の塩は、いまも作られています
「天然の塩が欲しい」と思って売り場に立つと、たいてい途方に暮れます。そう書かれた商品が、どこにも見当たらないからです。
ですが、天然の塩がなくなったわけではありません。日本の海で、海水と太陽と火だけで作られている塩は、いまも各地にあります。見つからないのは、そう名乗っていないからだけです。
探し方はひとつ。裏面の「工程」の欄を見てください。
この二語があれば、天然の塩です
工程の欄に並ぶ言葉のうち、覚えるのは二つだけで足ります。
- 「天日」|太陽と風だけで水分を飛ばした塩。火も電気も使いません
- 「平釜」|浅く広い釜で、蓋をせずに海水を炊いた塩。薪や重油で炊きます
このどちらかが書かれていれば、それは海水をそのまま結晶させた塩です。にがりの成分が残るので、塩辛さの奥に甘みや旨みを感じます。——多くの方が「天然の塩」と呼んでいるのは、これのことです。
逆に「イオン膜」「立釜」とあれば、効率よく塩化ナトリウムを取り出した塩です。まっすぐな塩辛さで、下ごしらえには扱いやすい——用途が違うだけで、悪いものではありません。
原料が日本の海水かどうかも、ここで分かります
裏面には「原材料名」と「原料の産地」も並んでいます。
- 原材料名「海水」+原料の産地「日本」|日本の海から汲んだ海水そのものです
- 原材料名「天日塩」+産地「メキシコ」「オーストラリア」|輸入した原塩を溶かして作り直したもの
「国産」と書かれていても、原料が輸入原塩のことがあります。製造が国内という意味だからです。原料まで日本の海なら、産地の欄に「日本」と書かれます。
なお、売り場で「天然塩」「自然塩」という表示を見かけないのは、塩の業界団体が定めた表示ルールで、その言葉を商品名に使わないことになっているためです。中身が無くなったわけではありません。——だからこそ、言葉ではなく工程で探すのがいちばん確実です。
2. 製法の四種類|味を決めているもの
塩は海水から水を抜いたものです。その「抜き方」が味を決めます。日本の塩に関わる工程は、大きく四つです。
イオン交換膜と立釜|安定した塩
イオン交換膜は、膜を使って海水から塩分だけを効率よく取り出す方法です。純度が高く、味はまっすぐ。日本の食塩の多くはこの方式で作られています。
取り出した濃い塩水を煮詰めるのが立釜(真空式蒸発缶)。密閉して減圧し、低い温度で効率よく結晶させます。粒が揃い、品質が安定するのが利点です。
これらが「悪い塩」ではありません。雑味がなく量も安定するので、下ごしらえや漬物には、むしろこちらのほうが向いています。
平釜|浅い釜で、開けたまま炊く
昔ながらの製法です。浅く平たい釜で、蓋をせずに海水を煮詰めます。時間も燃料もかかりますが、そのぶんにがりの成分が残りやすく、粒がやわらかく不揃いに仕上がります。
甘みを感じる塩、後から苦味がくる塩は、たいていこの製法です。秋田の男鹿工房のように、地元の海水を平釜で炊き上げる作り手が各地にあります。
天日|太陽と風だけで
海水を塩田や施設に張り、太陽と風の力だけで水分を飛ばします。日本は湿度が高く雨も多いため、屋外の天日だけで仕上げるのは難しく、ネットに海水を繰り返し流す「流下式」などの工夫と組み合わせるのが一般的です。
結晶が大きく立ち、噛んだときに塩味が後から効いてきます。肉や野菜にそのまま振る使い方に向きます。
3. にがりと粒|苦味とコクの正体
「まろやかな塩」という表現をよく見ますが、その正体はにがりです。海水から塩化ナトリウムを取り出したあとに残る成分——主に塩化マグネシウムで、豆腐を固めるのに使われるあれです。
にがりが多く残るほど、塩味の角が取れ、代わりに苦味とコクが出ます。平釜の塩に独特の風味があるのはこのためです。
ただし、多ければ良いというものでもありません。にがりが多い塩は湿気を吸いやすく固まりやすい。そして苦味が立つので、素材によっては邪魔になります。白身魚の刺身には、むしろ雑味のない塩のほうが合います。
粒のかたちで、口に入る量が変わる
見落とされがちですが、同じ「ひとつまみ」でも、粒の形が違えば入る量が変わります。
細かい塩は密に詰まるので、同じ体積でも重量が増えます。フレーク状や粗い結晶は隙間が多く、軽い。塩を替えたときに「なぜか味が濃くなった/薄くなった」と感じるのは、たいてい粒のせいです。 レシピの「小さじ1」は精製塩を前提にしていることが多いので、粗塩に持ち替えたら少し多めに——と覚えておくと外しません。
4. 産地で選ぶ|海塩・藻塩・岩塩
日本の塩は、そのほとんどが海水を原料とする海塩です。岩塩の産出がないためで、店頭の岩塩はヒマラヤや欧州からの輸入品になります。
男鹿工房(秋田・男鹿半島)
男鹿半島の海水を、平釜でじっくり炊く。
海塩「男鹿なまはげの塩」のほか、孟宗竹の中で焼き上げる黒い塩、塩糀や塩レモンといった発酵調味料も手がけています。
平釜の塩らしく粒がやわらかく、素材の味を引き出す方向にまとまっています。おにぎりや焼き魚など、塩そのものが表に出る料理から試すのが分かりやすい蔵です。
藻塩(もしお)
海藻の旨みを移した、淡い琥珀色の塩。
ホンダワラなどの海藻を用いて作る塩で、瀬戸内や能登に作り手が集まります。色がわずかに色づき、海藻由来の旨みが乗ります。
天ぷら、白身魚、おむすびと、素材が淡いものによく合います。逆に、旨みの強い肉には向きません。塩の旨みと肉の旨みがぶつかります。
沖縄・離島の海塩
粉雪状からフレークまで、粒のかたちが個性。
沖縄や離島には、パウダー状に仕上げたもの、雪のような結晶のものなど、粒の形で特徴を出す塩が多くあります。石垣島や宮古島の名を冠したものが知られています。
細かい粒は溶けが速く、少量で塩味を感じられます。天ぷらや揚げ物に添える塩、あるいはすいかやトマトに振るといった使い方で持ち味が出ます。
焼き塩
高温で焼いて、さらさらにした塩。
塩を焼くと、湿気を呼ぶ成分の性質が変わり、固まりにくくさらさらになります。竹の筒で焼く、土鍋で焼くなど、作り方はさまざまです。
振り塩として扱いやすいのが最大の利点。にがりの苦味も和らぐので、塩の風味を主張させたくないときに向きます。
下ごしらえ用の塩(常用)
ここに高い塩を使う必要はありません。
パスタの茹で塩、板ずり、下味、塩もみ。加熱や水に溶けて風味が残らない工程には、雑味のない安価な塩で十分です。
むしろ粒が均一なぶん量が計算しやすく、こうした用途には向いています。1kg単位のものを台所に置いておくのが実際的です。
塩糀・塩レモンなど(塩の加工品)
塩を発酵させた、もうひとつの使い道。
塩糀は米麹と塩と水を寝かせたもので、塩味に旨みと甘みが加わります。肉や魚を漬けておく用途で持ち味が出ます。
塩の代わりにはなりません。塩分濃度が違い、糖分も入っているため焦げやすい。「塩の親戚」ではなく別の調味料として扱ってください。
ふるさと納税で「産地の塩」をお得に
海に面した自治体では、地元の海水で作った塩や食べ比べセットが返礼品に並ぶことがあります。粒の形が違うものを一度に試せるので、この記事の内容を確かめるには向いた方法です。ただし塩は湿気で固まります。大容量が届く場合は、密閉して保存できるかを先に考えてください(7章に書きました)。
5. 下ごしらえと仕上げで、塩を分ける
醤油で「煮炊き用とかけ用の二本持ち」を勧めましたが、塩も同じ考え方が効きます。そしてこちらのほうが、差がはっきり出ます。
- 下ごしらえ用|パスタの茹で塩、板ずり、塩もみ、下味。水に溶けるか加熱される工程なので、風味は残りません。安価で雑味のない塩を、たっぷり使ってください。
- 仕上げ用|おにぎり、焼き魚、天ぷら、ステーキ、トマト。塩がそのまま舌に触れる場面です。ここに平釜や天日の塩を一つまみ置くと、はっきり変わります。
良い塩をパスタの鍋に入れるのは、いちばんもったいない使い方です。数リットルの湯に溶けて、風味は跡形もなく消えます。逆に、おにぎりの表面に付いた数粒は、口に入った瞬間に分かります。
試すなら、おにぎりが分かりやすい
塩の違いを確かめたいなら、同じご飯で、塩だけ変えたおにぎりを二つ作ってみてください。具は入れず、塩だけで。 これがいちばん差が出ます。刺身や肉だと素材の味が勝ってしまい、白米ほど分かりやすくありません。数百円の塩でも、違いは驚くほどはっきりします。
6. 固まる塩と、その直し方
塩が固まるのは、にがりの成分が空気中の水分を吸うためです。にがりを多く残した塩ほど固まりやすく、良い塩ほど扱いにくいという面があります。
密閉容器に移して、コンロのそばを避ける。これだけでかなり違います。湯気の当たる場所に塩を置くのは、いちばん固まる置き方です。
固まってしまったら、フライパンで弱火で乾煎りすれば戻ります。水分が飛べばさらさらに戻り、味は変わりません。強火にすると跳ねるので、弱火でゆっくり動かしてください。
塩に賞味期限はありません。細菌が繁殖できないためで、表示義務も免除されています。固まっても湿っても、品質そのものは落ちません。
7. よくある質問(FAQ)
天然の塩を探しているのに、見つかりません
言葉で探しているからです。工程で探せば、すぐ見つかります。
裏面の「工程」の欄に「天日」または「平釜」とあれば、それが海水をそのまま結晶させた塩——多くの方が天然の塩と呼んでいるものです。あわせて「原料の産地:日本」とあれば、日本の海から汲んだ海水です。
売り場に「天然塩」という表示が並んでいないのは、塩の業界団体の表示ルールでその言葉を商品名に使わないことになっているためです。中身が無くなったわけではありません。
海塩のほうが減塩になりますか?
そう単純には言えません。にがり分が残るぶん塩化ナトリウムの割合はわずかに下がりますが、その差は健康効果として語れるほどのものではありません。
むしろ効くのは粒の形です。粗い塩やフレーク状の塩は同じ体積でも軽く、少ない量で塩味を感じられます。減塩を目的とするなら、塩の種類より「振る量を減らす工夫」のほうが確実です。
岩塩と海塩、どちらがいいですか?
用途が違います。日本には岩塩の産出がないため、店頭の岩塩は輸入品です。
岩塩は硬く溶けにくいので、肉の塊やグリル料理に向きます。海塩は溶けやすく、和食全般や仕上げに合わせやすい。ピンク色の岩塩の色は含まれる鉄分などによるもので、味の良し悪しとは別です。
塩に賞味期限がないのはなぜですか?
細菌が繁殖できないためです。塩そのものが保存料なので、品質が劣化するという考え方をしません。表示義務も免除されています。
ただし、にがりを多く含む塩は湿気を吸います。固まったり湿ったりはしますが、それは品質の劣化ではありません。乾煎りすれば元に戻ります。
高い塩を買う価値はありますか?
使う場面によります。下ごしらえに使うなら、価値はほとんどありません。水に溶けるか加熱されるので、風味が残らないためです。
そのまま舌に触れる使い方——おにぎり、天ぷら、焼いた肉——なら、はっきり分かります。数百円の差が一年もつと考えれば、費用対効果は高いほうです。
塩を替えたら味が変わってしまいました
粒の形が変わったためです。細かい塩は密に詰まるので、同じ「小さじ1」でも重量が多くなります。粗い塩に替えると、同じ体積でも塩分が減ります。
レシピの分量は精製塩を前提にしていることが多いので、粗塩に持ち替えたときは少し多めに。逆に細かい塩へ替えたときは控えめに調整してください。
8. まとめ:商品名ではなく、裏面を読む
天然の塩は、いまも各地で作られています。見つからないのは、そう名乗っていないからです。裏面の「工程」の欄に「天日」か「平釜」とあれば、それが海水と太陽と火だけで作った塩。さらに「原料の産地:日本」とあれば、日本の海の水です。
味を決めているのは製法です。イオン交換膜と立釜は雑味がなく安定していて、下ごしらえに向く。平釜と天日はにがりが残り、粒がやわらかく、仕上げで効く。どちらが上ということではありません。
そして二つ持つこと。茹で塩に良い塩を入れても、湯に溶けて消えるだけです。おにぎりの表面に付いた数粒のほうが、はるかにはっきり分かります。試すなら、具なしのおにぎりを二つ——それがいちばん確かめやすい方法です。