片方の列は、わざと音を外して調律してあります。
複音ハーモニカの穴は、上下2列に並んでいます。同じ音が2つずつ。けれど、まったく同じには合わせません。鈴木楽器製作所の解説によれば、「片側の列は基準となる正しい音程に、もう片側の列は『ごくわずかだけ高く』調律されています」。
ぴったり合っていない2つの音が重なると、音が周期的に揺れます。あの、ビブラートのかかったような響き。合わせないことが、この楽器の仕上げです。
もうひとつ、知っておくと売り場が読めるようになることがあります。複音ハーモニカは、1本で1つの調しか出せません。だから同じ型番が、C調、A調、Gm調と並んで売られています。
この記事では、うなりの作られ方、調の選び方、そして2社の作りを順に見ていきます。
1. 合わせないことで、音が震えます
同じ音が、上下2列に並んでいます
複音ハーモニカを覗くと、穴が上下2列に並んでいます。上と下で、同じ音が出るようになっています。
鈴木楽器製作所の解説には、こうあります。「微妙に調律をずらした同じ音が上下2列に並んでおり」。
同じ音を2つ用意して、しかも同じには合わせない。ここがこの楽器の作りの核心です。
片方だけ、ごくわずかに高く
では、どうずらすのか。同じ解説に書かれています。「片側の列は基準となる正しい音程に、もう片側の列は『ごくわずかだけ高く』調律されています」。
片方は正しく。もう片方は、ほんの少しだけ高く。この2つを同時に鳴らすと何が起きるか。
「ビブラートがかかったような心地よい『うなり』が発生」します。音が周期的に揺れるのです。あの、ハーモニカらしい響きの正体はここにあります。
ずらす量が、音色を決めます
ずらす量が大きければ揺れは速く、小さければゆっくりになります。だから「どれだけずらすか」は、そのまま楽器の性格になります。
正確に合わせる技術と、正確にずらす技術は、同じものです。狙った量だけ外すには、まず狙った音に合わせられなければなりません。
2. 1本で、1つの調しか出せません
曲に合わせて、持ち替えます
複音ハーモニカには、もうひとつ大きな特徴があります。「複音ハーモニカは、基本的には『1つの楽器で1つの音階(キー)』しか演奏できない仕組みになっています」。
ピアノやギターなら、1台でどの調も弾けます。この楽器は違います。C調のハーモニカで吹けるのはC調の曲で、別の調の曲には別の1本が要ります。
だから「演奏する曲の調子に合わせて、演奏中にハーモニカを持ち替える必要があります」。曲の途中で持ち替える、という前提の楽器です。
TOMBO トンボバンド No.3121 C調|21穴の複音
トンボの21穴複音ハーモニカです。C調。いちばんよく使われる調で、最初の1本に選ばれることが多いものです。
21の穴が上下2列に並んでいます。1章で見たとおり、上下で同じ音が出て、片方だけがわずかに高く調律されています。
次のカードは、これと同じ型番のA調です。並べて見ると、この楽器の売られ方が分かります。
TOMBO トンボバンド No.3121 21穴複音ハーモニカ C調
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TOMBO トンボバンド No.3121 A調|同じ型番、違う調
型番も同じ、穴の数も同じ、価格も同じ。違うのは調だけです。
これが、複音ハーモニカの売り場の姿です。同じ商品が調の数だけ並んでいます。楽器を買うというより、吹きたい曲の調を買うという感覚に近いかもしれません。
吹きたい曲が決まっているなら、その曲の調を調べてから選ぶのが確実です。楽譜の最初に付いている記号で分かります。
TOMBO トンボバンド No.3121 21穴複音ハーモニカ A調
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3. 短調の曲には、短調のハーモニカを
長調と短調も、別の1本です
調が違えば別の1本、ということは、長調と短調も別の1本ということになります。
売り場の表記を見ると、「C」のように大文字だけのものと、「Am」「Gm」のようにmが付いたものがあります。mが付いているほうが短調(マイナー)です。
物悲しい曲、しみじみとした曲は、短調で書かれていることが多いものです。そういう曲を吹きたいなら、短調のハーモニカを選ぶことになります。
SUZUKI SU-21W 高級ハミング C調|長調のほう
スズキの21穴複音ハーモニカです。C調、つまり長調。
次のカードは、これと同じ型番のGm調です。型番も価格も同じで、長調か短調かだけが違います。
1本目をC調にしておくと、教本や曲集がそのまま使えます。ハーモニカの教本はC調を前提に書かれていることが多いためです。
SUZUKI スズキ SU-21W 高級ハミング 21穴複音ハーモニカ C調
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SUZUKI SU-21W 高級ハミング Gm調|短調のほう
同じSU-21Wの、Gm調(ト短調)です。並べると、同じ楽器が調の数だけ作られていることが分かります。
短調のハーモニカは、長調のものより種類が少なめです。それでも作られ続けているのは、短調で吹きたい曲があるからにほかなりません。
2本目以降は、吹きたい曲から選ぶことになります。持っている曲集の調を見て、足りないものを足していく形です。
SUZUKI スズキ SU-21W 高級ハミング 21穴複音ハーモニカ Gm調
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SUZUKI SU-21 Humming Am調|日本製と明記されたもの
Am調、イ短調のハーモニカです。商品名に「日本製」と書かれています。
ハミングという名前は、このシリーズの呼び名です。上のSU-21Wは、その上位にあたります。
短調のなかでも、Amは使う機会の多い調です。C調と同じ音の並びから始まる関係にあるので、C調の次に持つ1本として選ばれることがあります。
SUZUKI スズキ SU-21 Humming 21穴複音ハーモニカ Am調(日本製)
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4. トンボは、1917年から作っています
社名に、楽器の名前が入りました
株式会社トンボ楽器製作所の沿革は、1902年(明治35年)に前身の高陽堂真野商会が生まれたところから始まります。
そして1917年(大正6年)、「トンボ・ハーモニカ製作所」に改名し、ハーモニカ製造を開始しました。社名にハーモニカと入れています。
沿革にはこう書かれています。「日暮里町(荒川区西日暮里)に鉄筋コンクリートの工場を建設し、本格的なハーモニカ専門工場としてスタート」。専門工場です。
木の工場も、持っています
同じ沿革に、もうひとつ気になる一行があります。「埼玉戸田に木工場を建設」。
複音ハーモニカの本体は、木でできています。金属のカバーの中に、木の台がある。リードを支えているのはその木です。
いまも本社は東京都荒川区西日暮里、工場は埼玉県戸田市。1917年から数えて、100年を超えてハーモニカを作り続けています。
TOMBO プレミアム21 No.3521 Am調|上位のライン
同じトンボの21穴複音で、トンボバンドの上にあたるモデルです。こちらはAm調。
穴の数も、上下2列という構造も同じです。変わるのは仕上げのほうで、吹いたときの手応えや音の立ち上がりに出ます。
同じ作り手のなかで段を上げると、比べる条件がそろいます。まずトンボバンドで吹いてみて、そのうえで違いを確かめる、という順番ができます。
TOMBO プレミアム21 No.3521 21穴複音ハーモニカ Am調
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5. スズキは、リードを自社で加工しています
工場が、二つに分かれています
株式会社鈴木楽器製作所は、創業が昭和28年(1953年)、設立が昭和29年(1954年)2月。本社は静岡県浜松市にあります。
公式サイトの会社概要を見ると、工場が二つに分かれています。本社工場では「メロディオンの心臓部であるリードや金属部品の加工」と「新製品の開発・設計」。
都盛工場では「音板や打楽器などの木製品の加工・組立」。金属と木で、工場が分けてあるということです。
音を出しているのは、薄い金属の板です
リードは、息で震えて音を出す薄い金属の板です。ハーモニカもメロディオンも、鳴らしているのはこの板になります。
その加工を自社の工場でやっている、と公式に書かれています。音の元になる部品を、外から買わずに自分たちで作る。
1章で見た「ごくわずかだけ高く」という調律は、この板に対して行われます。板を削るか、重さを足すか。狙った量だけ音をずらす作業が、そこにあります。
SUZUKI SU-21SP-N スペシャル C調|最初の1本として
スズキの21穴複音ハーモニカで、入門用として案内されているモデルです。C調。
入門用でも、上下2列でわずかにずらす構造は同じです。うなりの出る楽器であることに変わりはありません。
複音ハーモニカは、調をそろえていく楽器です。最初の1本を決めたら、次は同じ作り手で調を足していくと、音色がそろいます。
SUZUKI スズキ SU-21SP-N スペシャル 21穴複音ハーモニカ C調
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6. 吹き終わったら、水気を抜きます
息には、水分が入っています
ハーモニカの中には、吹くたびに息の水分がたまります。リードは薄い金属の板で、それを支えているのは木です。どちらも水気を嫌います。
吹き終わったら、吹き口を下に向けて軽く叩き、水気を落とします。手のひらに向けて数回。それから、乾いた布で外側を拭きます。
ケースにしまうのは、乾いてからです。湿ったまま閉じると、中に水気が残ります。
吹く前に、口をゆすいでおく
食べたあとにそのまま吹くと、中に細かいものが入ります。吹く前に口をゆすいでおくだけで、たまるものがかなり減ります。
水で洗える楽器ではありません。木の台が水を吸って膨らむと、元に戻りません。拭くのは外側だけにしてください。
調をそろえて何本も持つようになると、まとめてしまう箱が要ります。1本ずつケースに入れて、乾かしてから並べる。それが日々の手入れのすべてです。
7. よくある質問(FAQ)
最初の1本は、どの調を選べばいいですか?
C調が選ばれることが多い調です。ハーモニカの教本や曲集がC調を前提に書かれていることが多いため、そのまま使えます。吹きたい曲が決まっているなら、その曲の調に合わせるのが確実です。楽譜の最初に付いている記号で分かります。
なぜ1本で1つの調しか出せないのですか?
複音ハーモニカは、その調の音階が並ぶように穴が作られているからです。鈴木楽器製作所の解説にも「1つの楽器で1つの音階(キー)しか演奏できない仕組み」とあります。演奏中に持ち替えるのが前提の楽器で、そのぶん一つの調に専念した作りになっています。
「Am」「Gm」のmは何ですか?
マイナー、つまり短調を表します。mが付かない「C」「A」は長調です。物悲しい曲やしみじみとした曲は短調で書かれていることが多いので、そういう曲を吹きたいならmの付いたものを選びます。長調と短調は、同じ型番でも別の1本になります。
上下2列は、両方いっぺんに吹くのですか?
そうです。上下の穴をまとめてくわえて吹きます。同じ音が2つ鳴り、片方がわずかに高く調律されているため、ビブラートのかかったような「うなり」が生まれます。これが複音ハーモニカと呼ばれる理由です。
水で洗ってもいいですか?
洗えません。リードを支えている台が木でできているので、水を吸うと膨らんで元に戻りません。吹き終わったら吹き口を下に向けて軽く叩き、水気を落として、外側だけを乾いた布で拭きます。乾いてからケースにしまってください。
2本目は、同じメーカーにしたほうがいいですか?
そろえておくと、音色がそろいます。作り手ごとに、ずらす量や吹いたときの手応えに違いがあります。持ち替えながら演奏する楽器なので、同じ作り手の同じシリーズで調を足していくと、曲の途中で音の性格が変わりません。
8. まとめ:ずらすことが、仕上げです
複音ハーモニカは、同じ音を上下2列に並べて、片方だけをわざとずらしてあります。鈴木楽器製作所の解説によれば、「片側の列は基準となる正しい音程に、もう片側の列は『ごくわずかだけ高く』調律されています」。そこから「ビブラートがかかったような心地よい『うなり』」が生まれます。合わせないことが、この楽器の仕上げです。
そして1本で1つの調しか出せません。だから売り場には、同じ型番がC調、A調、Gm調と並んでいます。長調と短調も別の1本です。楽器を1本買うというより、吹きたい曲の調を選ぶという買い方になります。
トンボ楽器製作所は、1902年に生まれた会社が1917年にハーモニカ製造を始め、社名にその名を入れました。荒川区に専門工場を建て、埼玉県戸田市には木工場を持っています。鈴木楽器製作所は、リードや金属部品の加工を自社の本社工場で行っていると公式に書いています。木製品は別の工場です。
音を出しているのは、息で震える薄い金属の板です。その板を、狙った量だけ高く調律する。正確に合わせる技術と、正確にずらす技術は同じものだと考えると、この楽器の作りが見えてきます。
吹き終わったら水気を落として、乾かしてからしまう。それだけで長く使えます。調を一本ずつ足していく楽しみのある楽器です。