活版印刷の名刺|凹みを受け止める紙と、日本の刷り手の選び方

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活版印刷の名刺といえば、指でなぞるとわかる文字の凹みです。
ところが、かつての印刷の現場では、凹んだ刷り上がりは「下手な印刷」とされていたといいます。職人は、いかに紙を凹ませずに刷るかを競っていました。

いま名刺に求められているのは、その凹みのほうです。そして深い凹みを受け止めているのは、コースターにも使われる、厚くやわらかい紙でした。

この記事では、広島の活版名刺の店、東京の名刺の会社・山櫻の活版用名刺用紙、千葉・流山の工場で1色ずつ刷られるミドリのカードを紹介します。頼む前に決めておくこと、渡すときに気をつけたいことも、あとの章にまとめました。

【早見表】活版の名刺、どこから始める?

作り手(場所) 買えるもの こんな人に
夢工房(広島) ▾ 活版名刺のオーダー(0.6mmの特Aクッション紙) 自分の名刺を活版で刷ってほしい
山櫻(東京) ▾ 活版印刷用の名刺用紙 kappan(特Aクッション・ハーフエア) 紙から選びたい・自分で刷りたい
ミドリ(千葉・流山工場) ▾ 名刺サイズの活版カード(2色の柄・封筒付き) まず活版の手触りを知りたい・贈り物に添えたい

作り手の名前を押すと、その解説へ飛べます。頼む前に決めることは5章 ▾へ。

1. 凹みは、昔の職人が避けていたものでした

「凹ませずに刷る」が、腕の見せどころだった

活版印刷は、凸型の版にインクをのせ、紙に圧をかけて写す刷り方です。

印刷の仕事をしてきた人のあいだでは、紙をなるべく凹ませずに刷る技術を「キスタッチ」と呼ぶそうです。かつては「凹んだ印刷物はヘタクソな印刷」とされ、職人はいかに凹ませずに上手く刷るかを競っていた、と印刷業の方が書いています。

いま活版の名刺を頼む人が指でなぞって確かめるのは、その凹みのほうです。避けられていたものが、いちばんの魅力に変わりました。

厚い白い名刺の表面に、細い線の模様がくっきりと押し込まれている様子を斜めから描いた水彩イラスト

それでも活版を続ける理由

名刺の会社・山櫻は、自社の名刺作成サービスTSUTAFUで活版の名刺を刷っています。そのページには、こう書かれていました。

「かつては名刺印刷の主流であったこれらの技術も、現在では設備の老朽化や後継機の製造終了などにより、扱うことができる印刷所自体が少なくなってきています。」
「それでも私たちがこれらの印刷方法を続けているのは、デジタル印刷では再現できない独特の風合いや、紙に触れたときの印象、そして長年培われてきた印刷技術そのものの価値を大切にしているからです。」

刷り上がりは、かすれ方が一枚ずつ違います。同じ版で刷った100枚の名刺が、一枚ずつ少しずつ違う顔をしている。名刺交換のたびに、相手に渡るのはその中の一枚です。

2. 広島・夢工房:0.6mmの紙に、文字を押し込む

「余白に哲学を宿す」

広島の夢工房は、活版の名刺を専門に扱う店です。「名刺交換のその一瞬で、印象に残る。そんな名刺をお届けしたいという想いから、一枚一枚丁寧に活版印刷でお作りしております」と書いています。

紙は厚さ0.6mmの特Aクッション紙。店のコンセプトは「余白に哲学を宿す」です。

余白を広く取った厚手の白い名刺が数枚、小さな化粧箱の横に重ねて置かれた水彩イラスト

文字を減らすほど、きれいに沈む

夢工房は、原稿づくりのコツをはっきり書いています。「情報量が多いと(文字数が多いと)文字が小さくなり、ツブレが出たりして綺麗に仕上がりません。極力文字数を削ぎ落としたシンプルな原稿が美しく仕上がるコツとなります。」

圧をかけて押し込む刷り方なので、小さな文字ほど線がつぶれやすいということです。肩書きを一つに絞る、住所を一行にまとめる。名刺に載せる情報を選ぶ作業が、そのまま仕上がりを決めます。
文字の詰め方も「納得のゆくまで、細かな文字ツメにも対応します」とあり、校了まで一緒に組み上げていく進め方です。

夢工房 活版名刺 100枚(特Aクッション 0.6mm)|広島

0.6mmの厚い紙に、活版で文字を押し込んだ名刺です。受け取った人の指に、紙の厚みと凹みがそのまま伝わります。

縦型・横型、片面・両面を選べて、化粧箱が付きます。独立したとき、店を開いたとき、肩書きが変わったとき。名刺を一から作り直す節目の一枚に向いています。

夢工房 活版名刺 特Aクッション0.6mm 100枚(オーダー)

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3. 凹みを受け止めるのは、コースターの紙

名刺の会社が選んだ、活版のための紙

山櫻は1931年、東京・銀座で創業した紙製品の会社です。1948年には「山櫻名刺市瀬商店」という社名でした。名刺・封筒などの紙製品をつくり続け、2009年には八王子に新しい工場を建てています。

その山櫻が出しているのが、活版印刷用の名刺用紙「kappan」です。特Aクッションについては、こう説明しています。「強く圧力を掛けて印刷をする活版印刷に相性のよい紙を選びました」「紙のコースターで使われる専用紙として吸水性にすぐれた特Aクッション」。

厚く柔らかい白い紙の名刺と、同じ質感の丸い紙のコースターを並べて置いた水彩イラスト

押されると、沈む紙

コースターの紙は、厚くて柔らかく、水をよく吸います。版に押されると、その形に沈む。1章の職人たちが避けたかった凹みを、あえて深く受け止めるための紙です。

kappanには、もう一つハーフエアという紙もあります。空気を含ませてあるので、厚みがあるのに重く感じない紙です。特Aクッションが0.6mm、ハーフエアは0.42mm。しっかり沈ませたいなら特Aクッション、軽やかに仕上げたいならハーフエア、という選び方ができます。

山櫻 名刺 4号 kappan 特Aクッション 白 0.600mm 100枚入|東京

コースターの紙でできた、活版のための名刺用紙です。0.6mmの厚みと柔らかさで、版の圧を深く受け止めます。

活版で刷ってくれる工房に紙から相談したいとき、手動の活版機で自分で刷るときに。シックな貼箱に100枚入っているので、刷り上がった名刺の保管箱にもなります。家庭用プリンターには通らない可能性がある、と山櫻は注意書きしています。

山櫻 名刺 4号 kappan 特Aクッション 白 0.600mm 貼箱 100枚入

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山櫻 名刺 4号 kappan ハーフエア コットン 0.420mm 100枚入|東京

空気を含んだ、厚いのに軽い紙です。名刺入れの中で厚くなりすぎない、ちょうどいい厚さを選びたい人に。

表面はやわらかな手触りです。特Aクッションと並べて刷り比べると、同じ版でも凹みの表情が変わります。

山櫻 名刺 4号 kappan ハーフエア コットン 0.420mm 貼箱 100枚入

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豆知識:社名に「名刺」が入っていた会社

山櫻の沿革を見ると、1948年に「株式会社 山櫻名刺市瀬商店」、1951年に「山櫻名刺株式会社」。社名から「名刺」が外れて「株式会社山櫻」になったのは1972年のことです。
2031年には創業100年を迎えます。名刺とともに一世紀近くを歩いてきた会社が、いま活版のための紙を選んでいます。

4. 1回に1色。流山工場で刷られる2色のカード

色を重ねるたびに、紙がもう一度機械を通る

文具のミドリ(デザインフィル)は、1964年に千葉県流山市に自社工場を開きました。活版のカードは、その工場で刷られています。公式ストアにも「自社工場の活版印刷機で一枚一枚丁寧に印刷しています」とあります。

工場の紹介記事には、こう書かれていました。「1回に1色ずつしか印刷することができない活版印刷機。複数の色をぴったり合わせて印刷するのは大変難しく、まさに職人技です!」

オレンジと青の二色の飾り罫で縁取られた名刺サイズのカードと、小さな封筒を並べた水彩イラスト

オレンジと青、ピンクと深緑

名刺サイズの活版カードの柄は、どれも2色です。フレーム柄はオレンジと青の飾り罫、さくらんぼ柄はピンクと深緑。1回に1色しか刷れない機械で、2色の柄です。
2色が隣り合うところをよく見てください。そこが、職人がぴったり合わせた場所です。

紙も活版のために選ばれています。「活版の印圧による凹みをくっきりと表現できる、自然な風合いを持ったふかふかとした優しい書き心地の紙」。名刺の大きさなので、活版の手触りを知る最初の一枚にもちょうどいいカードです。

ミドリ カードセット 名刺サイズ 活版 フレーム柄 青|千葉・流山工場

オレンジと青の飾り罫を、1色ずつ刷り重ねたカードです。カード4枚と封筒4枚の組。

贈り物に添えるひとこと、名刺の代わりに渡すお礼のメモに。水性ペンや筆ペンでよく書けます。封筒は郵送には使えないので、手渡しか、贈り物の箱に添えて。

ミドリ カードセット 名刺サイズ 活版 フレーム柄 青 88567006

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ミドリ カードセット 名刺サイズ 活版 さくらんぼ柄|千葉・流山工場

ピンクと深緑の、ワンポイントのさくらんぼ。公式の言葉を借りれば「可愛らしすぎず大人が使えるデザイン」です。

小さな実と葉の色の境目が、2色を合わせた場所です。

ミドリ カードセット 名刺サイズ 活版 さくらんぼ柄 88564006

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5. 頼む前に決めておく、四つのこと

厚さの違う白い名刺用紙、黒と紺のインクの小瓶、耳付きの和紙の名刺を机に並べた水彩イラスト
紙の厚さ、インクの色、片面か両面か。和紙という選び方もあります。

① 載せる情報を、減らしておく

2章の夢工房が書いていたとおり、文字が多いと小さくなり、線がつぶれやすくなります。頼む前に、名刺に残す情報を紙に書き出して、本当に要るものだけに絞っておくと、仕上がりの相談がスムーズです。

② 片面か、両面か

深く押し込むぶん、裏側にも凹みの跡が出ます。山櫻のTSUTAFUは「裏面に凹みが影響してしまうため、片面印刷のみ」としています。夢工房は両面を選べます。
裏に英語表記や地図を入れたい人は、両面に対応している刷り手を選ぶことになります。

③ 紙の厚さと、インクの色

しっかり沈ませたいなら0.6mm、軽やかにしたいなら0.42mm(3章)。インクは黒が基本ですが、TSUTAFUでは茶・紺・灰なども選べます。凹みの陰影は色によって見え方が変わるので、サンプルで確かめてから決めると安心です。

④ 和紙に刷る、という選び方

越前の信洋舎製紙所は、四辺に耳のある一枚漉きの和紙の名刺を漉いている製紙所です。2017年に「和紙の名刺と相性の良い活版印刷機」を導入したと、公式サイトに書いています。
手で漉いた紙に、活版で文字を押し込む。紙も刷りも一枚ずつ違う名刺になります。

豆知識:いまの「活版」は、活字を拾うとは限りません

活版印刷と聞くと、金属の活字を一本ずつ拾って組む姿を思い浮かべるかもしれません。山櫻は活版印刷を「金属や樹脂などで作られた凸版にインクをつけ、紙に圧力をかけて印刷する」技法と説明していて、TSUTAFUの名刺では亜鉛の版を使っています。
版のつくり方は変わっても、凸型の版を紙に押しつけて刷るところは同じです。だから凹みが生まれます。

6. 厚い名刺を、気持ちよく渡すために

10枚で6mm。名刺入れの枚数を数えておく

0.6mmの名刺は、10枚重ねると6mmになります。いつもの感覚で名刺入れに詰めると、思ったより早くいっぱいになります。

出かける前に、何枚入るかを一度数えておくと安心です。マチのある名刺入れなら、厚い名刺でも出し入れが楽になります。

マチのある革の名刺入れから、厚手の白い名刺の束が少しのぞいている水彩イラスト

手書きを添えるなら、ペンを選ぶ

特Aクッションは吸水性にすぐれた紙です。名刺の余白にひとこと書き添えるときは、にじみに気をつけたいところ。ミドリの活版カードも、筆記の相性を「万年筆△ 水性ペン○ 毛筆/筆ペン○」としています。
一枚目の余白で試し書きをしてから、渡す相手の名刺に書くと安心です。

7. よくある質問(FAQ)

活版の名刺は、両面に刷れますか?

刷り手によって違います。
山櫻のTSUTAFUは、裏面に凹みが影響するため片面のみ。夢工房は両面を選べます。裏にも情報を入れたいなら、頼む前に確かめてください。

オフセット印刷の名刺と、何が違いますか?

凸型の版を紙に押しつけて刷るので、文字が凹み、かすれ方が一枚ずつ違います。
山櫻は、活版の凹みが光の当たり方で陰影をつくり、文字に立体感が出ると説明しています。目で見るだけでなく、指でも伝わる名刺です。

山櫻の kappan の紙は、家のプリンターで刷れますか?

特Aクッションは、プリンターで印刷できない可能性があると山櫻が注意書きしています。
0.6mmの厚手なので、家庭用プリンターではなく、活版で刷る工房に相談するか、手動の活版機で刷る紙と考えてください。

名刺に載せたい情報が多いのですが、活版でも大丈夫ですか?

文字を減らすほうが、きれいに仕上がります。
夢工房は、文字数が多いと文字が小さくなってつぶれが出るので、削ぎ落としたシンプルな原稿が美しく仕上がるコツだと書いています。載せきれない情報は、裏面や別のカードに分ける方法もあります。

活版の名刺に、万年筆で書き込めますか?

にじむことがあるので、先に試し書きをしてください。
山櫻の特Aクッションは吸水性にすぐれた紙です。ミドリの活版カードも、万年筆を△、水性ペンと筆ペンを○としています。

まず活版の手触りだけ、試してみたいのですが。

ミドリの名刺サイズの活版カードが、いちばん手軽です。
名刺と同じ55×91mmで、流山の自社工場の活版印刷機で刷られています。指で凹みを確かめてから、自分の名刺を頼むかどうかを決められます。

8. まとめ:凹みは、刷り手と紙がつくる

凹みの陰影が見える厚手の名刺、二色刷りの小さなカード、名刺入れを縦に並べた、活版の名刺のまとめイラスト

活版の名刺の凹みは、かつての職人が避けていたものでした。いま、その凹みを求めて名刺を頼む人がいて、深く受け止めるための紙が選ばれています。

刷ってもらうなら、広島・夢工房の活版名刺。0.6mmの特Aクッション紙に、削ぎ落とした文字を押し込みます。

紙から選ぶなら、山櫻の kappan。コースターの紙でできた特Aクッションと、空気を含んだハーフエア。社名に「名刺」が入っていた会社が選んだ、活版のための紙です。

まず手触りを知るなら、ミドリの名刺サイズの活版カード。1回に1色しか刷れない機械で、2色の柄を刷り重ねています。

頼む前に、情報を減らす、片面か両面か、紙の厚さとインクの色、和紙という選択肢。この四つを決めておけば、相談がすっと進みます。

次に名刺を作り直すときは、ぜひ日本の刷り手の活版を選んでみてください。名刺交換のあと、指で凹みをなぞる人がきっといます。

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